この景色の物語
茶業改良場 魚池分場
魚池分場の前身は、1936年に設立された「台湾総督府中央研究所 魚池紅茶試験支所」です。のちに紅茶製造の実験工場が増設され、園内には今も紅茶工場と檜造りの日本式宿舎が残っています。現在の正式名称は「農業部 茶及飲料作物改良場 中部分場」ですが、地元では今も魚池分場と呼ばれています。
1941年に支所長となった新井耕吉郎は、戦後、所長の職を陳為禎に譲り、妻子を日本へ帰したあとも台湾に残って紅茶の研究を続け、1946年にマラリアで亡くなりました。享年42。1949年、陳為禎は分場の下の茶園の曲がり角に記念碑を建て、白い記念碑亭は今もそこにあります。
紅韻は台茶21号。茶業改良場の育種から生まれました。試験支所の時代から今日まで、ここではずっと同じことが続けられています。台湾の紅茶を、もっとおいしくすることです。





